海外遠征と情報通信                                   高取剛充

ヒマラヤ登山に行くというと、つい数年前までは、行方不明になるのと、ほとんど同じように受け取られて

しまうのが普通でした。出発したらそれっきり。何をしているのかわからないのが、あたりまえだとされて

いました。しかしそんな常識も、ここ数年の情報通信システムの発達で、大きく様変わりしています。

移動型の衛星電話を利用すれば、世界のどこからでも、情報を発信することができるようになったのです。

私たち法政チョモランマ登山隊も、先進の情報機器を利用して、最新ニュースを世界に発信する通 信システム

を準備してきました。具体的な機器名は、計画概要のページにある通信担当の中間報告にリストアップされて

いますが、ここでも簡単に流れをご説明しておきましょう。

まず撮影ですが、デジタルカメラ(コダックDC215)を使用します。その画像を、登山活動の最前線基地

である、高度6300mのABC(アドバンスベースキャンプ)に設置したコンピューターに取り込みます。

そのデーターを移動体衛星通信「インマルサット」を介して東京のコンピューターに転送します。それを

在京担当者が新聞社や通信社に配信したり、ホームページに掲載したりしてゆくわけです。 衛星通信の

データー転送速度が、2400bpsと遅いため、各方面からリクエストの多かったムービーの配信や、

ベースキャンプでのホームページ更新作業は、今回はあきらめざるを得ませんでしたが、次世代機種では

64000bpsの転送スピードが出るといいますから、リアルタイムで画像を送ることも、遠からず可能に

なることでしょう。 こうして私たちは、最新の技術を利用した情報システム構築してきましたが、最後にひとつ、

解決しようのない問題が残ってしまいました。時差です。 東京のスタッフとのやり取りには時差の調整が

欠かせません。ABCの電源は太陽電池。BCではガソリンエンジンの発電機。どちらも稼働時間に制限があります。

キャンプ間を移動中であれば、接続可能時間はさらに短くなります。東京のスタッフも、深夜や仕事中では

登山隊の手伝いはできません。互いの都合のいい時間に、ピンポイントで連絡を取り合うには、いつも時差の

換算が必要なのです。東京との連絡は日本時間。登山隊に同行する中国の連絡官や現地の車の手配は北京時間。

チョモランマの実質に合うのはネパール時間。隊内で打ち合わせをするときも、時差の換算はわずらわしい

ものです。 日本−バンコク 2時間   日本−カトマンズ 3時間15分   日本−北京 1時間  

この問題を解決してくれたのが、スウォッチ社の提唱するインターネットタイムでした。一日を1000単位

に分割し、@マークをつけて表示されるこの時間を使えば、世界のどことでも同じ時間を共有することが

できます。7時なら朝、12時なら昼、という体感時間には一致しないバーチャルな時間ですから、一日の行動

を小説風に文章化するのであれば、やはり従来どおりのローカルタイムでの表記がわかりやすいかもしれません。

しかし、世界の各地で同時に進行してゆくプロジェクトであれば、緻密な計画推進のためには、このような

新しい世界基準が不可欠なのです。今後常識となってゆくべき、こうした知的ツールが「インターネットタイム」

という形で提供されたことで、国境を越えて進行するプロジェクトには、大きな武器が手に入ったといえる

でしょう。 インターネットタイムとの出会いは、歴史上の冒険者たちを支えてきたのが、スウォッチのような

先見性のある企業の、冒険的精神だったという事実を、改めて思い起こさせてくれた出来事でした。                      

チョモランマベースキャンプにて。 2000.4.20